児島の大崎(玉野市)「大崎八幡宮」。 ここを「宮山」と言い、元はといえば島であったとされる。 また、付近は海流渦巻く所であった事から「渦の宮」とも称されたと言う。

 

大崎八幡宮

昭和32年ころ掌水路建設工事の際、写真の第一鳥居より100m北方の大崎小学校近くの干拓地用水路から鳥居の両脚の下部が発見された。 これは平安末期のものであり、武士として初めて太政大臣となった平清盛の父忠盛が備前国司の時、平家水軍の守神であった市岐島姫(イチキシマヒメ)を祀った時に作られたものだ。

ようするに海中に立つ鳥居だったわけだ。 その後の清盛公が厳島神社を建てたのは、ここにあった父の神社がモデルとなったに違いない。

歴史的発見当時の経緯を、良く知る方のブログが興味深いので記しておく ≫大崎八幡宮(渦の宮)

 

大崎八幡宮2

 

大崎八幡宮3

二の鳥居

 

大崎八幡宮4

神門。 真正面に祠が見える、祓い禊ぎの神だろうか? 

 

大崎八幡宮7

何も表示がなくわからない

 

大崎八幡宮5

大玉持ちの狛犬と拝殿

 

大崎八幡宮6

本殿。 平家滅亡後、源氏の世になり「八幡神社」と改名、御祭神はよって誉田別命(ほんだわけのみこと)。 平家の時代は平家水軍の守神であった市岐島姫(イチキシマヒメ)を祀る市岐島姫神社と言われたという。

 

大崎八幡宮8

ばらばらの岩の小山に石の祠 不明です。 

 

大崎八幡宮9

大己貴神と天照大神の石塔はこの度では、随所で見られたものだ。 そして横には石を集めて固めて、さらに大きな石の上に小さな石の祠、これも不明。

この大崎天満宮は児島を知るためには重要なポイントだと思う。 本文中のリンク先で詳しく解説されている通りならば、日本最古の木造鳥居があった可 能性は極めて高いと言える。 また清盛公の父ゆかりの場所ということも、2012年度の大河ドラマを通じて語られるかもしれない。 楽しみにしておこう。

 

***************

さて、三回目の訪問である。 椿の絨毯を見たいがために、ここ三回の岡山入りで必ず立ち寄った。 今回の旅もこの場所に寄ることで決めた感もある。

旧閑谷学校 椿山 

 

閑谷の椿山4.19

ここを見るだけなら無料で楽しめる、先月の梅の時期も無料区域だ。 

 

閑谷の椿山4.19.2

空は今にも降りそうな気配。 昨夜の雨嵐できれいな花が、そのまま落ちている。 

 

閑谷の椿山4.19.3

 

閑谷の椿山4.19.4

国宝「閑谷学校講堂」をバックに 

 

閑谷の椿山4.19.5

 

閑谷の椿山4.19.6

 

閑谷の椿山4.19.7

探し探して一番の場所はここ、入り口から右に折れたあたり。 落ち椿の密度が高く、枝振りのいい椿がある。 白い塀も重要な役割を果たしてくれている。 美しい。

          *

今年の椿は例年よりずっと遅かったという。 二度にわたり「いつごろが見ごろでしょうか?」と訊いた、売店のおねえさんも読めなかったぐらいですから。 ...完。

          平成23年4月19日 参拝

 

 

 

Comments

    • EssieACabera's comment
    • 2016年05月27日 08:29
    • 2 Hey There. I stumbled upon your site using msn. This really is a
      very well written article. I am going to be certain to bookmark it and come back
      to read more of your useful info. Thank you
      for the post. I'll definitely comeback.
    • phim sex's comment
    • 2017年09月16日 06:54
    • この地は天皇家や、豊臣秀吉さんのお墓、親鸞上人の荼毘所としても有名なところ。 特に秀吉さんは東山連峰のひとつ阿弥陀ケ峰にと遺言されていたほどのです。
    • xem phim sex's comment
    • 2017年09月19日 05:19
    • 古の児島をゆく 最終章 ~幻の日本最古の木造鳥居 『大崎
    • لینک کوتاه's comment
    • 2018年06月17日 15:38
    • 3 لینک کوتاه صفحات خود را در ایر بسازید

Add Comments

名前
URL
 
  絵文字
 
 
記事検索
最新記事(画像付)
  • ライブドアブログ