やはり二上山の西側には歴代天皇の墓も密集している。 一度奈良で葬られた跡、あえてこの地、太子町周辺に再度葬られることになった方もいる。 やはり奈良の都からして西方浄土の方角ということなのだろうか この地、磯長谷を「王陵の谷」と呼ぶ。 

このたびも数名の天皇稜に行ってみた。 どう自分の心が反応するかいつもながら楽しみなのだが...

 

用明天皇陵

用明天皇稜  ≫太子町HP ≫用明天皇とは 

 

敏達天皇稜①

敏達天皇稜 ≫太子町HP「敏達天皇稜」 ≫敏達天皇とは

 

敏達天皇稜②

天皇陵まではおごそかな道が続く。 

 

敏達天皇稜③

鬱蒼(うっそう)と茂る天皇稜の森、きれいに整えられた白砂。 霊地には、いつもトランス状態で足を踏み入れるが、ここでは心が激しく動いた、先の用明天皇陵ではなかった動揺を感じた。 それも涙腺に...なぜ? 

 

推古天皇陵①

推古天皇陵 

≫太子町HP推古天皇陵 ≫推古天皇とは

  

推古天皇稜②

この真正面のデザインはどれも同じだ。 

 

推古天皇稜③

天皇稜から西側を見降ろす。 しばしおだやかな風景に見入ってしまった。

              *

推古天皇稜のある磯長谷では、興味深い言い伝えがある。 天皇稜から南東に200mのところにある二つの石室を持つ「二子塚古墳」こそが推古天皇と竹田王子の墓であると...。 そこは何の規制もなくそっと地域に溶け込んだ感じだった。 

 

二子塚古墳①

マムシ注意!(笑)

 

二子塚古墳②

天皇家のものとしては少し貧相だ 

 

二子塚古墳③

東側の石室にはカマボコ型の石棺が残っている。 ≫二子塚古墳の石棺

こうして歩いてみて、この太子町にある天皇稜や、聖徳太子稜など、考えてみればすべてが蘇我の血が濃い天皇家だと気がついた。 ≫蘇我氏とは

二上山の雄姿は、太古の昔と今もきっとあまり変わってはいないはず。 奈良に行くたびに二上山を眺めて、太古の昔の日本の様子を想像して楽しむ、そして歩いて見たもの、感じたものを記録しておこう。 

 

                  平成22年12月6日 黙祷

 

Comments

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