三太子の最後は八尾市「大聖勝軍寺」。 町の名もそのまま「八尾市太子堂」という。 かつてこの地は「渋川の阿刀」と呼ばれ皮肉にも仏教の導入に反 対したと伝えられる物部守屋の別宅が、ここにあった。 そして、この地こそが蘇我vs物部の激戦の場所でもある。 大聖勝軍寺は、ほかの太子の縁の寺より も「太子の匂いを強く感じる」と言う人が多いのも特徴のひとつだ。

椋樹山(りょうじゅざん) 大聖勝軍寺 聖徳太子御遺跡霊場二番札所 MAP

 

大聖勝軍寺①

 

大聖勝軍寺②

 

大聖勝軍寺③

 太子と四天王 この寺では四天王を、持国天(蘇我馬子)、多聞天(秦川勝)、広目天(迹見赤檮)、増長天(小野妹子)としている。

 

大聖勝軍寺④

  

大聖勝軍寺⑤

山門

 

大聖勝軍寺⑥

手水舎 

 

大聖勝軍寺⑦

神妙椋樹(しんみょうりょうじゅ)・・・山号の由来となった出来事を表している。 

物部討伐軍に参戦した聖徳太子が物部軍に追われたとき、椋(むく)の木が二つに割れて皇子の身をかくまったというのである。その椋の木が境内に祀られている。推古天皇は椋樹と大聖聖徳法王の勝ち軍を讃え、神妙椋樹山大聖勝軍寺という山号と寺名を賜ったという。

 

大聖勝軍寺⑧

 

大聖勝軍寺⑨

救世観音と平和塔の屋根。 平和塔には物部守屋と聖徳太子が祀られている。

 

大聖勝軍寺⑪

 太子堂

 

大聖勝軍寺⑫

 太子堂内、植髪太子蔵。 すぐそばで見れるのがうれしい。

 

大聖勝軍寺⑩

毘沙門堂

聖徳太子らは信貴山で戦勝祈願をし、再度出陣。 稲城攻略の際、神わざの働きをする者がおり、驚いた小野妹子が「いかなる化身なるや」と尋ねたとこ ろ「南無多聞天」と言いながら、身の丈六丈の毘沙門天と化し、紫雲に乗って信貴の山に昇天されました。  感激した聖徳太子は、毘沙門天を刻み、毘沙門堂に祀ったと伝えられています。

 

大聖勝軍寺⑬

後ろの龍といい、脇の人たちといい、すばらしくリアルな不動明王「一願不動」

胎内には、大聖勝軍寺千年来の秘仏である大聖不動明王像が納められているそうです。 この一願不動に一つだけの願いごとを一心に祈願しよう。

 

大聖勝軍寺⑭

たくさんのお地蔵様

 

大聖勝軍寺⑮

地蔵堂

 

大聖勝軍寺⑯

椿が美しく色を添える

               *

上中下と三つの太子の寺を見て、その感触はそれぞれ違っていた。 自分の目で見て、空気に触れて、心をトランス状態において感じてみたままの上中下 の感触を、あえて言うならば「安楽」「備え」「緊張」といった言葉で表しておく。 歴史の真実は今の日絵瑠には、まったくといっていいほど確信はない。  分かりかけたと思ったところで、謎がまた現れる。 この記録を書くために調べていると、ある人のブログで、大聖勝軍寺にある厨子の中で、戦ったはずの太子 を守るように剣を構える守屋がいたという。 まったくもって?である。

 

               平成23年1月18日 参拝

 

Comments

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    • 2017年09月19日 04:59
    • 備前・和気・虫明 その③ 備前焼の神社『伊部天津神社』後

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