蓮土山(れんどざん) 道明寺

道明寺周辺は、菅原道真の祖先にあたる豪族、土師(はじ)氏の根拠地であった。道明寺は土師氏の氏寺土師寺として建立され、このあと参拝する道明寺 天満宮の前にあった。当時は七堂伽藍や五重塔のある大規模なものであった。 真言宗御室派【おむろ】の尼寺で本山は京都仁和寺。

901年(延喜元年)、大宰府に左遷される道真がこの寺にいた叔母の覚寿尼を訪ね「鳴けばこそ別れも憂けれ鶏の音のなからん里の暁もかな」と詠み、別れを惜しんだと伝えられる。この故事は、後に人形浄瑠璃・歌舞伎の『菅原伝授手習鑑』「道明寺」の場にも描かれている。道真の死後、寺名は道明寺と改められるが、これは道真の号である「道明」に由来する。

1575年(天正3年)には、兵火で天満宮を含む寺の大部分が焼失するが、後に再興。1872年(明治5年)の神仏分離により道明寺天満宮境内から現在地に移転した。(ウィキペディアより引用)

 

道明寺①

 

道明寺②

 

道明寺③

楼門

 

道明寺⑧

 手水舎 ベンチが寄せられ、御近所の方の憩いの場となっている

 

道明寺⑥

楼門から入り真正面が太子堂

 

道明寺④

境内にはいくつもの、このような石文字があった

 

道明寺⑤

本堂 国宝の十一面観音菩薩像は毎月十八日と二十五日が開帳日 ≫写真

 

≫道明寺の境内と梅の花 ≫道明寺と桜餅 ≫道明寺と木げん樹と文楽

≫大阪夏の陣・道明寺の戦い(読み物としてもおもしろい)

 

道明寺⑦

 


 

道明寺⑨

観音堂の南側と石観音

 

道明寺⑩

ここにも片足をおろしたお地蔵様(この日の朝見た竹林寺の地蔵様も片足おろし)、真っ赤な前掛けは少々不自然な気がするなぁ。 石碑の文面は恥ずかしながら記録忘れ、調べもつかず...。 次回3月7~8日の再訪時に、梅ばかり目を奪われずにしっかりと見てこよう...

               *

歴史深い「道明寺」は心地よい下町の雰囲気があって、このあと参拝の道明寺天満宮と道明寺とを中心とした魅力ある町だと思う。 梅も桜も...これからがいい季節。

 

          平成23年2月8日 参拝

Comments

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    • 吉備国の真髄を見た 最終章 ~吉備と大和の縁・岡山市中

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