天武天皇の皇子で27歳で早世した草壁皇子の住んだ岡宮の跡に義淵僧正が創建したとされる。 江戸時代までは興福寺の末寺であった。江戸時代以降は長谷寺の末寺となり真言宗豊山派の寺院。山号は東光山、寺号は龍蓋寺(りゅうがいじ)とも称する。 御本尊は如意輪観音。西国三十三箇所第7番札所。

岡寺 ≫岡寺の歴史

  

岡寺

 

仁王門の石標には岡寺、寺命額には龍蓋寺(りゅうがいじ)と書かれている。 龍蓋寺という名称の由来は、近くの山に住む龍が村の人々を苦しめている のを見て、義淵は法力でその龍を池に封じ込め石で蓋をしたという伝説が所以。 岡寺といわれるのはこのあたりが「岡宮」と言われていた所以。

 

岡寺2

 

岡寺3

 

仁王さまの間を通り手水舎、そしてその脇に句碑がひとつ 

 

岡寺4

 

岡寺5

 

ここから石段を登る。 すぐ左手にはなんと樹齢500年の皐月の古木がある。 ≫岡寺HPの春の写真を参照。 

 

岡寺6

 

岡寺7

 

石段の中腹あたり、右側に枯山水の庭園がある。  

 

岡寺8

 

緑鮮やかな境内に 楼門開山堂本堂と並ぶ

 

岡寺9

  

岡寺10

≫楼門

 

岡寺11

≫開山堂

 

岡寺12

≫本堂 ≫重文 塑造 如意輪観音坐像(日本三大仏・日本最大の塑像) *塑像とは 

 

岡寺13

≫龍蓋池 見ずらいが真ん中下に封じ込めの石の上部が見える。 詳しくはリンク先のブログでどうぞ。 後方には十三重石塔。 

 

岡寺14

龍蓋池から奥宮に向かって緩やかに続く参道と石仏 

 

岡寺15

瑠璃井 右奥には小さな滝、真正面、井戸の後には石仏、そしてその奥にはお不動様 

 

岡寺16

なんともやさしい石仏さま 

 

岡寺17

参道の突き当りにはお稲荷様。

 

岡寺18

岡寺奥の院・彌勒(みろく)堂と、左手に石仏。 

 

岡寺19

向かって右手にはこちらの石仏さま 

 

岡寺20

石窟の奥には弥勒菩薩像(江戸時代)が祀られている。 なぜ石窟?  弥勒堂の前に「三重宝塔⇒」との表示があったのでその方角へ、道は獣道で境内の南側の山の斜面に登っていく感じだ。

 

岡寺21

義淵僧正の廟所 岡寺境内の中では一番高い位置にある。 

 

岡寺22

ちょうど本堂前あたりにさしかかったところで視界が開ける。 

 

岡寺23

≫三重宝塔 毎年10月第3日曜日の開山忌には塔内の扉絵・壁画が年に一度公開される。 

 

 

岡寺24

≫太子堂 

 

岡寺25

≫鐘楼堂

           *

岡寺のHPもわかりやすく、中でも四季の草花の写真は美しい。 このあとはこの「岡寺」と縁が深い、すぐ隣の「治田神社」を参拝してこの旅を終える。 次回が最終章。 

さて、 次回の旅の記録はまたまた「ならまち」、そして次々回がまたまた「明日香村」、そして明日(8/8)から出かけるのは『なら燈花会』、そして明後日(8/9)は今一度「明日香村」に行く予定。 旅の連続でブログが追いつかない状態・・・。

 

           平成23年7月5日 参拝

 

 

Add Comments

名前
URL
 
  絵文字
 
 
記事検索
最新記事(画像付)
  • ライブドアブログ