雲梯(うなて)の川俣神社を出て、橋を渡り曽我川の西側堤防を南へ下ること数分。 右手に「木葉神社」がある。 この神社が元来の川俣神社に比定されている古社であり、先ほど参拝した現川俣神社は高市御縣坐鴨事代主神社に比定されている。 何か不自然だ。

「川俣」という名を調べる必要がある。 次のリンク先を読めば大きな流れが見えてくるので是非一読されたい。 参考≫河内(若江郡)の式内社/川俣神社

木葉神社(元・川俣神社)は本来、川俣公の租・彦坐命(ヒコイマスオウ)を祀った神社だと考えられている。 中世以降は荒廃し、神仏習合によって僧坊(初穂寺)が建設され、その隅に祠を建てて祀られ、浅間権現と呼ばれていた。 その後明治初年頃に、祭神の「木花開耶姫命」からの流れで木華神社と改称したようだ。 木花開耶姫命ということは富士山信仰に繋がる

 

木葉神社

 

神社は住宅街の中にある。  

 

木葉神社2

 

鳥居を潜り右手に、小さな屋根の下、手水舎と思われる岩がある 

 

木葉神社3

 

拝殿 

 

木葉神社4

 

個性的な狛犬の控える本殿。 祠の中にも小さな狛犬が。 御祭神は「木花開耶姫命」、神武天皇の曾婆さんにあたる。 火の神とも、水の神とも言われるが、ここでは間違いなく水運を司る人々のために水の神として祀られているはずだ。

 

木葉神社5

 

拝殿の拝所の鈴のところにある絵 

 

木葉神社6

 

木葉神社7

 

拝殿の中にある絵と絵馬。 参拝を終えて、しばらくこの雲梯(うなて)町を散歩した。 ここに流れる曽我川は飛鳥川といっしょに法隆寺インターのあ たりで大和川に合流。 そのまま大和川は住吉まで流れ、南港にたどり着く。 重要な水上交通のルートだったに違いはなく、そこを牛耳っていたのが川俣氏と 日下部氏だった。 奈良の都・飛鳥にほど近いこの雲梯(うなて)町に川俣氏の祖先をお祭りするのは当然だと言える。 

また大阪府東大阪市に川俣町というところがあり、そこにも川俣神社がある。 やはり近くには主要な川が流れていて、その川は大阪城付近に注ぐ。 

 

木葉神社8

 

ある民家の勝手口が開いていて、中を見たらご覧の通り...勝手ながら一枚

 

木葉神社9

 

集落の一角にレトロな建物が、たまたま通り合わせた叔父さんに聞くと、三角の屋根は後から付けられたものだそうだ。 

               *

次は曽我川を少し下り、右岸が「曽我町」。 その前に左岸の「曲川町(まがりかわちょう)」を散策してみる。 その町の歴史の背景を探るには神社仏閣がわかりやすい。 そこでも二つの神社の雄姿を見る。

 

               平成23年9月6日 参拝

 

 

 

 

 

Comments

    • 10.0.1.1's comment
    • 2017年09月29日 17:12
    • Whoa, 鳥居を潜り右手に、小さな屋根の下、手水舎と思われる岩がある (y) (y)
    • ananya's comment
    • 2018年07月23日 13:24
    • Excellent post,I am genuinely thankful to the owner of this website Its Excellent post. Awesome article, Waiting for your next post

Add Comments

名前
URL
 
  絵文字
 
 
記事検索
最新記事(画像付)
  • ライブドアブログ